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2008年01月22日

サンティアゴには非常に興味があります

サンティアゴという単語を一度は必ず耳にしたことがあると思います。

サンティアゴ(Santiago)は南米の国、チリの首都。人口は4,668,473人(都市圏では5,899,612人)。同国中央の盆地に位置し、最大の都市である。正式にはサンティアゴ・デ・チレ(Santiago de Chile)。

サンティアゴは地中海性気候で、夏(10月から3月)は比較的暖かく乾燥し、最高気温が35度まで上がる日もある。冬(6月から8月)は湿度が高く、普段は最高気温は15度くらいだが、低い日は0度近くまで下がる。年間降水量は約360?。

スモッグや大気汚染がひどく、冬の数ヶ月間は盆地であるサンティアゴに溜まることがある。政府は大気汚染を減らすために、重工業の工場を盆地から出ていくよう誘導したが、失敗に終わった。

サンティアゴは、1541年2月12日にペドロ・デ・バルディビア(Pedro de Valdivia)によりサンティアゴ・デ・ヌエバ・エクストレマドゥラ(Santiago de Nueva Extremadura)という名前で建設された。起工式はウェレン・イル(Huelén Hill=後にサンタ・ルシア・イル(Santa Lucía Hill)と改称)で行われた。バルディビアが都市建設においてサンティアゴの場所を選んだ理由は、穏やかな気候と防衛上の観点(マポチョ川が中央を横断する)にある。 最初の建築物は、チリ中部に居住していたインデディへナの部族の一つピクンチェ族の人々の協力で作られた。マポチョ川の南部にある湿地は水が抜かれ、アラメダ(Alameda=現在はアベニダ・アラメダ・リベルタドール・ベルナルド・オイヒンス(Avenida Alameda Libertador Bernardo O'Higgins))という遊歩道に変えられた。

1810年から1818年の独立戦争の時には、市南西部であったマイポの戦いで若干の被害を受けた。その後1818年にサンティアゴは首都に指名された。1880年代は、チリ北部で硝酸塩肥料が産出され、国が繁栄したことにより、首都サンティアゴも発展した。1930年代には、サンティアゴの近代化が始まり、チリ各地から人々が集まり、人口も増加した。1985年に地震が発生し、中心部の歴史的建造物が破壊された。
【ウィキペディアWikipediaより引用】

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